私に贈る言葉
赦すことは、囚人を自由にすることであり、そしてその囚人が自分自身だったと気づくことである
ルイス・B・スミーデス(神学者・倫理学者)
“To forgive is to set a prisoner free and discover that the prisoner was you.”
いつ、どんな場面で発言されたか
この言葉は、アメリカの神学者ルイス・B・スミーデス(1921–2002)が、1984年に出版した著書『Forgive and Forget: Healing the Hurts We Don’t Deserve(赦しと忘却──受けるべきでなかった傷を癒す)』の中で書き記したものです。
スミーデスは、オランダ系移民の家庭に生まれ育ち、改革派キリスト教の伝統のもとで学びを深めました。やがてカリフォルニア州パサデナにあるフラー神学校(Fuller Theological Seminary)に招かれ、神学と倫理学の教授として約25年間にわたり教壇に立ちました。その間に15冊もの著書を世に送り出しましたが、中でも「赦し」をテーマにした本書は最大のベストセラーとなり、宗教の枠を超えて多くの読者の心に届きました。
スミーデスがこのテーマに人生を捧げた背景には、彼自身の苦しみの経験がありました。幼くして父を亡くし、貧困の中で育った少年時代。その痛みを通じて彼は、「赦せない」という感情がいかに人の心を蝕むかを肌で知っていたのです。神学者としての知見と自身の人生経験を重ね合わせ、赦しとは単なる道徳的な義務ではなく、傷ついた人間が再び自由に生きるための「解放の行為」であると説きました。
言葉の意味
この名言の核心は、「赦し」の本質を鮮やかに逆転させている点にあります。
私たちは普通、「赦す」という行為を、相手のために何かをしてあげることだと考えがちです。相手の罪を見逃してやる、相手を楽にしてやる──そうした「施し」のようなイメージです。しかしスミーデスは、その構図をまるごとひっくり返しました。赦しによって自由になるのは、赦された側ではなく、赦した側だというのです。
「囚人を自由にする」という比喩は、まさにそのことを物語っています。誰かを恨み続けるということは、相手を牢獄に閉じ込めているようでいて、実は自分自身がその牢獄の中に座り込んでいる状態です。怒りや憎しみという鎖は、対象となる相手よりも、それを握りしめている自分の手をこそ縛りつけます。過去の傷を何度も反芻し、怒りの炎を絶やさないように燃やし続けることは、膨大な心のエネルギーを消費し、今この瞬間を生きる力を奪ってしまいます。
スミーデスは同書の中で「赦せないことを赦すとき、過去の記憶を消すのではなく、記憶の意味を変えるのだ。過去の記憶を、未来への希望に変えるのだ」とも述べています。赦しとは、起きた出来事をなかったことにする行為ではありません。傷は傷として認めたうえで、その傷に自分の人生を支配させることをやめる、という主体的な選択なのです。
私に贈るメッセージ
じているからこそ、赦しが難しいのです。
けれど、ほんの少しだけ視点を変えてみてください。あなたが握りしめている怒りは、本当に相手を罰しているでしょうか。それとも、あなた自身の今日と明日を蝕んでいるでしょうか。スミーデスが教えてくれたのは、赦しとは相手への「贈り物」ではなく、自分自身への「解放宣言」だということです。
赦しは一瞬で完了するものではありません。スミーデス自身も、赦しは少しずつ、具体的な行為ごとに積み重ねていくものだと語っています。だから焦る必要はありません。ただ、心のどこかに「いつか手放せる日が来るかもしれない」という小さな灯をともしておくこと。それだけで、牢獄の扉はほんの少し開き始めるのではないでしょうか。
あなたが囚われている鎖の鍵は、実はあなた自身の手の中にあるのかもしれません。
