私に贈る言葉
人は60歳や65歳になると人生これで終わりと思うものだ。しかし、その人の年齢は、自分が感じた歳、思い込んだ歳で決まる。歳がいくつであろうと、やれる仕事はたくさんある。
カーネル・サンダース(ケンタッキーフライドチキン創業者)
いつ、どんな場面で発言されたか
この言葉を遺したカーネル・サンダース(本名:ハーランド・デーヴィッド・サンダース、1890〜1980年)は、世界中で愛されるケンタッキーフライドチキン(KFC)の創業者です。
彼の人生は、まさに波瀾万丈そのものでした。10歳で牧場に働きに出てから、鉄道員、弁護士助手、保険営業、タイヤ販売員、ガソリンスタンド経営など、約40もの職を経験しています。40歳の頃にケンタッキー州コービンでガソリンスタンドを経営し、その片隅に設けたわずか6席のカフェで自慢のフライドチキンを提供し始めたのが、すべての始まりでした。
その後、カフェは繁盛し、レストランへと成長しますが、高速道路の開通によって客足が激減。65歳のとき、店を手放して負債を清算したサンダースの手元には、ほぼ何も残りませんでした。月105ドルの年金を受け取るだけの暮らし。普通ならそこで「人生は終わった」と思うでしょう。
しかし、サンダースはそうは考えませんでした。自慢のフライドチキンのレシピを武器に、車一台でアメリカ中のレストランを一軒一軒訪ね歩き、フランチャイズ契約を売り込む営業を始めたのです。断られた回数は、実に1,009回。それでも1,010軒目でようやく契約を勝ち取り、そこからケンタッキーフライドチキンのチェーンは爆発的に拡大していきました。70歳の頃にはアメリカとカナダに400店舗以上を展開し、74歳でKFCの権利を売却した後も「味の親善大使」として90歳で亡くなるまで世界中の店舗を飛び回り続けました。
この名言は、そうした65歳からの壮絶な再出発を経て、文字通り自分の人生で「年齢は関係ない」ことを証明した人物だからこそ発せられた言葉です。
言葉の意味
この名言が伝えているのは、「年齢とは、数字ではなく心が決めるものだ」というメッセージです。
60歳や65歳になると、多くの人は「もう若くはない」「今さら新しいことは始められない」と感じてしまいます。社会にも「定年」という区切りがあり、そこを境に人生の”下り坂”が始まるかのような空気があります。サンダースはまさにその固定観念を真っ向から否定しています。
「その人の年齢は、自分が感じた歳、思い込んだ歳で決まる」という一節は特に深い示唆に富んでいます。つまり、年齢によって自分に限界を設けているのは、他でもない自分自身だということ。50歳でも、60歳でも、80歳でも、自分の中に「まだやれる」という火が灯っているなら、その人は決して老いてはいないのです。
サンダース自身、KFC公式の記録にも残る言葉として「何歳であろうと、やる気と信念があるならば大丈夫。それがすべてにおいて最も大きな要素です」とも語っています。そして「65歳までにあなたが手に入れてきたことを結集させれば、きっと新しいスタートが切れますよ」とも。これまでの失敗も含めた経験のすべてが、再出発の資産になる——それがサンダースの哲学でした。
私に贈るメッセージ
「もう遅い」と思ったことはありませんか。転職を考えたとき、新しい勉強を始めようとしたとき、ずっと温めていた夢を思い出したとき。年齢や周囲の目を気にして、心のどこかでブレーキを踏んでしまった経験は、きっと多くの方にあるのではないでしょうか。
カーネル・サンダースは65歳で無一文になり、そこから世界的な企業を築き上げました。彼に特別な学歴があったわけではありません。最終学歴は小学校卒業です。あったのは、長い人生で培った経験と、「おいしいもので人をしあわせにしたい」というぶれない信念、そして1,009回断られても1,010軒目のドアを叩き続ける行動力だけでした。
この名言は、何かに挑戦したいけれど「もう自分の歳では……」と躊躇している人の背中を、力強く押してくれる言葉です。年齢は、あなたの限界を決めるものではありません。それは、あなたがどれだけの経験と知恵を蓄えてきたかの証です。これまでの山あり谷ありの人生は、すべてこれからの新しい一歩のための準備だった——そう考えてみると、少しだけ足が軽くなりませんか。
何かを始めるのに、遅すぎることなんてない。90歳まで現役を貫いたカーネル・サンダースの人生が、それを雄弁に物語っています。
