自分は運がいい、そう思う人が運をつかむ

自分は運がいい、そう思う人が運をつかむ

私に贈る言葉

自分は運がいい、そう思う人が運をつかむ。

本田宗一郎(本田技研工業/ホンダ 創業者)

いつ、どんな場面で発言されたか

本田宗一郎は、1906年に静岡県の鍛冶屋の家に生まれ、15歳で東京の自動車修理工場「アート商会」に丁稚奉公に出ました。そこから独立し、浜松の町工場を一代で世界的企業「ホンダ」に育て上げた伝説の経営者です。

その道のりは決して順風満帆ではありませんでした。全日本自動車競走大会での大事故、戦時中に手がけた東海精機重工業の工場倒壊、創業直後の経営危機――幾度となく「もうダメだ」と思えるような局面に立たされています。それでも本田宗一郎は、そのたびに立ち上がり、前を向き続けました。

この名言は、そうした波乱に満ちた人生を振り返る中で本田宗一郎が繰り返し語った哲学のひとつです。特定の講演やスピーチの記録として残されたものではなく、彼の人生観・経営観を凝縮した言葉として、多くの名言集や関連書籍で紹介されています。「運がいいと言うな。運がいいのではなく、準備ができていたのだ」「成功者は、たとえ不運な事態に見舞われても、この試練を乗り越えたら必ず成功すると考えている」など、本田宗一郎には「運」と「心のあり方」を結びつける言葉が数多く残されており、この名言もその系譜に位置づけられるものです。

言葉の意味

この言葉の核心は、「運」とは空から降ってくるものではなく、自分の心の持ち方が引き寄せるものだという考え方にあります。

同じ出来事に遭遇しても、「自分は運がいい」と思える人と「自分はついていない」と思う人では、その後の行動がまるで変わってきます。前者は困難の中にも小さな光を見つけ、次の一歩を踏み出すことができます。後者は目の前の暗闇にとらわれ、足が止まってしまいます。

本田宗一郎自身、工場が倒壊して全財産を失ったとき、「人間休業」と称して1年間の休養をとり、その後に本田技研工業を創業しています。普通であれば絶望してもおかしくない状況で、彼は「これでゼロからやり直せる」と思えたのかもしれません。まさに「自分は運がいい」と思える力が、次の挑戦への原動力になったのです。

つまりこの言葉は、楽観主義のすすめではありません。どんな状況でも自分の人生を肯定し、前に進む意志を持てという、実践に裏打ちされた人生哲学なのです。

私に贈るメッセージ

仕事がうまくいかない日、人間関係に疲れた日、思い描いていた未来と現実のギャップに落ち込む日。そんなとき、私たちはつい「自分は運が悪い」と感じてしまいます。

でも、ほんの少しだけ視点を変えてみてください。今日、目が覚めたこと。温かいご飯が食べられること。この記事を読んでいるということは、何かを変えたいと思っている自分がいるということ。それだけで、もう十分に「運がいい」のかもしれません。

本田宗一郎は、町工場の油まみれの作業着から世界を変えました。彼が最初から特別だったわけではありません。ただ、どんなときも「自分は運がいい」と信じることをやめなかった。その小さな信念の積み重ねが、やがて世界を動かす力になったのです。

「自分は運がいい。」その一言を、今日から自分自身にかけてあげてみませんか。言葉にするだけで、不思議と心が軽くなり、目の前の景色が少しだけ明るく見えてくるはずです。

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